The Great Escape

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ファンデ・ラモスとの再会

2013/14シーズンのリーグ戦も残り10試合。いよいよ息詰まる終盤戦を迎えておりますが、スパーズにとって忘れてはならないもう一つの戦い、ヨーロッパリーグ(以下EL)もいよいよ決勝トーナメントの火蓋が切って落とされました。
賞金、ステータス等を考えればCLよりも遥かに劣り、正直、勝ち上がる事に旨味の無い大会ではありますが、伝統的に欧州カップ戦に強いのがトッテナム・ホットスパーというクラブ。かつてはカップウィナーズカップ制覇(英国のクラブでは初)、ELの前身に当たるUEFACUPでは二度欧州王者に輝いております。クラブの歴史を語る上で、これらの栄光はやはり外せないところでもありますし、現在のチームはリーグ戦との二足の草鞋を履きこなすに足る選手層を誇っているわけですから、基本的にELに関しては後ろ向きな私ではございますが(笑)再びヨーロッパの頂点を目指して欲しいという想いも少なからず抱いております。To dare is to do 挑戦なくして、成功なし。目指せ、トリノ!です。

さて、冗長な前置きはさておき、ベスト32。初戦の相手はウクライナのドニプロ・ドニプロペトロウシク。Repeat afer me 。ドニプロ・ドニプロペトロウシク。長いです。もはや、早口言葉の世界です。世界は広いですね。
正直に言いましょう。知りませんでした(笑)初めてです、こんな名前聞いたの。こういう未知の強豪と出会えるのもELの一つの魅力。ELで当たらなければ一生口にすることは無かったでしょうしね。ではもう一度、ドニプ…(略)

で、このドニプロなんですが、監督の名前を見てあらビックリ。ファンデ・ラモスじゃ、あ~りませんか。
懐かしいですね、ファンデ・ラモス。もうこの名前だけで色んな想いが蘇ります(笑)個人的にも、ラモス就任以降の時期ってのは自分自身のスパーズとの関わりあいが大きく変化した時期でして、思い入れも強いのです。当ブログの前身を始めたのもこの頃(2008年2月)。それまではたまに試合を見て一喜一憂するだけ、スパーズ・ジャパンさんの配信するニュースやコラムで情報を得るだけだったのが、現地紙やファンサイトだったりの情報を自らで追いかけるようになったのもこの辺りからだったりします。現在まで続く、日々のスタイルが確立した時期と言いますかね。
そういう事もあり、ファンデ・ラモスとの再会はとても感慨深いものがありました。良いタイミングなので、今回はそんなファンデ・ラモス時代の思い出話を少々。と言っても、既に記憶も曖昧になってきてるんだけどさ…(笑)

天国編
ラモスがスパーズにやってきたのは2007年10月頃だったかな。前任のマルティン・ヨルがずっこけスタートで、自分はヨル好きだったんだけど、こりゃもうダメだって事で、シーズン途中に大金積んでセビージャから引っ張ってきた。
セビージャ時代はUEFACUPを連覇していて、当時はそれこそ世界的にも名将という評価だったと記憶してます。自分はリーガはほとんど観ないし、情報にも疎かったので、その辺はよくわからなかったけども、他所のクラブで普通に上手くやっていた監督が、海を渡って監督を首にした直後のクラブにやってくるというのが非常にセンセーショナルというか、かなり驚いたのを覚えてます。ほんと、ヨルが辞めてすぐだったからね。え?嘘でしょ?ってなもんで(笑)

就任早々、不安定ながらも立て直しに成功。次第に勝ち星は増えていって、レディング相手に6-4という馬鹿試合(最高の褒め言葉!)なんてのもあった。UEFAカップはベスト16で負けちゃったけど、カーリングカップではあれよあれよと勝ち進み、アーセナル相手に5-1で爆勝。ar5ena1って造語まで生まれたりなんかして。結局、ウェンブリーでのファイナルでチェルシーを延長の末に下してカーリングカップ制覇。クラブにとって、実に9年ぶりのタイトル。これはもう最高だったな。今でも覚えてるもんね。ウッディの魂の顔面ゴール(笑)とゾコラの鉢巻姿。キーンとキングが掲げたカップ。ベルバトフやシンボンダ、JJ、ハットン、ロビンソン、マルブランク、イ・ヨンピョにタイニオ…etc
FWなんてキーン、ベルバトフ、ベント、デフォーの4人体制という鬼のような豪華な面子。なんという贅沢な(笑)
安定感とは無縁だったけど、個性的で、熱くて、凄く好きなチームでした。CLなんて夢のまた夢。そんな時代。

地獄編
就任一年目(07/08)は結局11位でフィニッシュ。タイトルこそ獲ったものの、終盤戦は確か4連続ぐらいドローで若干怪しさを感じさせながらのシーズンオフとなったんだけども、その怪しさが、まさか地獄への入り口だったとはその時は知る由もなく…。夏にはキーンがリバプールへ、ベルバトフがユナイテッドへそれぞれ移籍。もう、あの時の絶望といったら何と表現してよいやらでね。それでも代わりにモドリッチ、ドスサントス、ベントリー、パブリュチェンコ、チョルルカ、ゴメスらかつてないほどの大型補強を敢行し、なんとか形を整えて二年目がスタートしたわけなんですが、開幕8戦、勝ちなし!(笑)2分6敗、断トツの最下位!あのタイタニック号が沈没した年以来のクラブ史上最悪レベルの逆ロケットスタートが待っていたとさ。トホホ…ですよ。もう、思い出したくもない。いや、今となっては良い笑い話かな。あんな時もあったんだから、あの時よりはマシ…などと、我々に少々の低空飛行でも動じない強いメンタルを植え付けてくれた事に逆に感謝しないといけないかもね(笑)あれを乗り越えたからこその団結というかね。
確かにあるよね、そういうの。もう、6年も経つんだけど、ついこの間の出来事のように思えるから不思議です。
結局、ファンデ・ラモスはそこで解任。ダイレクターのダミアン・コモッリと共にクラブを追われ、ハリー・レドナップがやってきて、その後は皆さんご存知の通り、クラブ史上初のCL出場権を獲得して…となるわけです。

でもね。当時、自分は最後までラモスを擁護しました。2分6敗でもなお、監督交代は早い、もっと時間を与えるべきだ、と。拙速な監督交代に否定的だったというのも勿論あるんだけど、やってるサッカーが絶望的に酷いというわけでは無かったというのが、その理由。確かに08/09のスタートって本当に勝てなくて、前年の終盤戦から続くモヤモヤみたいなのもあったけど、メンバーが大きく入れ替わってた事を踏まえれば内容はそこそこよくやってたんですよ。良くは無かったけども、最後の最後で追いつかれてドローに出来たはずの試合で負けたり、勝てたはずの試合がドローに終わったりって感じで、とにかくツキが無かった。試合内容、好みで言えば実はAVBの時期よりマシだったぐらいで。
タイトル獲ってくれた感謝もあるし、徹底した食事管理でチームを引き締めたり(これは賛否両論ありそうだけど…笑)と悪い面だけでは無かったです。反面、英語も最後までまともに覚えなくて、試合後のインタビューはアシスタントのポジェ(現サンダーランド監督)がやってたり、辞めた後(辞める直前ぐらいからか)にこれでもかってぐらい選手たちから不満の声が噴出したので、戦術的には手腕は確かだろうけど、人心掌握には難があったのは明らか。チームマネジメントという側面ではてんでダメだったんでしょうね。後任の爺さんとは対照的なキャラだったと思います。

凄くザックリと(かなり雑…笑)振り返りましたが、こんな監督でした。ちょっと長くなっちゃいましたね。
最近、スパーズを好きになりましたって人も多いだろうし、たまにはこうやって昔を振り返るのもいいかな、と。
今となってはスパーズはCL権を争うのが半ば当たり前、夢では無くて目標というような一段高いレベルに達したと思うんだけども、そこに至るまでには苦しい時期ってのがあって、それこそラモスの時期ってのは本当にしんどい思いをしたっていうスパーズサポが私を含めても多かっただろうな~と、改めて感じます。だからこそ、その後に待っていた初めてのCLがもの凄く嬉しかったし、ちょっとやそっと悪い時期があっても笑って乗り切れたりなんか出来るのかもしれません。例えば、レドナップ、例えばAVBやシャーウッド。その時期にはその時期にしか味わえない感覚があります。また、数年経って改めて振り返った時に別の感情が芽生えてるかもしれない。一つのクラブを追いかける醍醐味。
こんな私が偉そうに言うのもアレですが、スパーズを好きになって日が浅い若いファン達が、数年後、あの時はこんなだったよな、あんなだったよな、とAVBやシャーウッド時代を振り返る、その時。きっと、今よりももっと、トッテナム・ホットスパーというクラブを好きになっていると確信しています。現在の私が、かつて通ってきた道のように。

追伸:拝啓、ファンデ・ラモス様。久しぶりの再会、楽しかったです。スパーズらしい怒涛の逆転劇。如何でしたか?


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